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水が足りない  すみた たかひろ

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epi.04

水が足りない すみた たかひろ

 生前祖父が一度だけわたしを連れてきてくれた鮨屋がある。まだ小学生だったわたしに「本物の鮨を教えてやろう」と謂って、無理やりに連れてこられた鮨屋だ。  あの日、穴子が苦手だったわたしに大将は「うちのは本当に旨いから不味いと思うなら今日のお代は要らん。とにかく食べてみなさい」と半ば強引に穴子を差し出してきた。もちろんそれは柔らかくてとても旨かったのだけれど、どう考えてもこの状況で「不味い」などとは宣えない。小学生でもそれくらいの礼儀は弁えていた。  以来、鮨屋が苦手である。記憶にあるのは、祖父が何故か鰤を二度注文していたこと。それだけ妙に鮮明に覚えている。大将の顔はもう憶えてはいない。  祖父が亡くなって今年で三年が経つ。肺癌が全身に転移、八十六歳の大往生だった。死の半年前に余命宣告をされ、それでも大好きだった煙草と酒をやめず、最期の最期まで道楽を全うした。日に日に弱くなりながらも、入院もせず、自宅で過ごしていた。  わたしは定期的に実家へ帰るようになった。今の家から電車で片道三十分程であるにも関わらず、これまで年に一度帰るか帰らないかという具合だったわたしが月に一度は実家へ帰るようになったのだ。  やがてもうダメだというところで緩和ケアの病棟へ移された祖父に、わたしは会いに行った。実家から車で十分ほどの場所にある静かな病院だ。その日、いつも強がりな祖父がわたしの手を握り離さなかった。もう声は出なかった。顔もろくに動かせない中、目線だけはわたしをしっかりと捉えていた。その目は、少し濡れていた。  枕元のテーブルには缶ビールが置かれていて、母はたまに脱脂綿をビールに湿らせて、祖父の口へ運んでいた。わたしはなんだか堪らなくなった。「仕事があるからまた来るね」と謂って病院を抜け出した。それが最後だった。  わたしはあれ以来、祖父から受け継いだ思い出の時計を左腕にしている。左利きだった祖父は羅針盤が金色に輝くレザーベルトの時計を右腕につけていた。だから、わたしが左腕にその時計を通すと、少しだけ違和感がある。今はもうこの違和感だけが祖父の生きた証なのかもしれない。わたしはその痕跡をみずから少しずつ消そうとしてしまっている。まるでその命をわたしが上書きしているように。 ***  今朝はやけに喉が乾く日だった。休日だから、日が翳り始めた夕刻になって漸く家を出ようと決心した。ふと、マンションの廊下に数日前から転がっていた蛾の死骸が居なくなっていたことに気がついた。昨夜の雨風のせいで流されてしまったのだろうか。  実は、階段の隅で仰向けにひっそりと横たわっていたそれに、わたしは少しだけ愛着を持っていた。忙しなく人々が行き交うこのマンションの階段で、もう時を刻む必要がないその死骸がむしろ羨ましくもあったのだ。  わたしは、件の鮨屋を思い出した。祖父から受け継いだこの時計の痕跡も、もうすぐ消えてしまうのかもしれない。まだそうなっていない今のうちに、祖父の生きた痕跡を少しでも掴んでおきたい気がしたのだ。  調べてみると意外と今の家からは近い場所にある。嘗ては携帯などなかったし、正確な場所さえ覚えていなかったが、幸いにして店の名前を覚えていたので検索してみると、その場所は自宅から徒歩二十分ほどの場所にあることがわかった。  だいぶ西陽になっていたにも関わらず、暑さは一向におさまる気配がなかった。延々と続く比較的平らな道でさえ容赦無くわたしの体力を奪っていく。鮨屋へ行く時の正装というものがわからず、一度部屋に戻ってとりあえずクローゼットにしまってあった色の濃いリネンのシャツを着てきたが、本当はタンクトップで過ごしたいくらいだった。汗が止めどなく溢れ出してくる。蝉の声は今日も馬鹿みたいに煩い。  しかし、この灼熱の如く降り注ぐ日差しも、滴る汗も、蝉の鳴き声でさえも、命を鼓舞する生命の悪足掻きであるかの如く感じてくるものだ。家の前で死んでいた、もう時を刻む必要のない白い蛾とは真反対の、もう止まることなどできないかのような鮮やかな躍動。  鮨屋へ辿り着いた時、わたしの喉はもう限界だった。あゝ水が足りない。そんな心持ちで暖簾をくぐった。店内には他に独りだけ先客がいた。わたしが三つ隣のカウンターへ腰をかけた時、その人は静かな声で鰤を注文した。ハッとして、そちらを見る。その人は一瞬わたしの方に目をやると、すぐに目線を戻してしまった。  そういえば。祖父は何故鰤ばかり食べたのだろうか。熱燗との相性が良かったからなのか。祖父はいつもおかずを食べてから白米を食べ、最後に熱燗を飲むというのが夕食の定石だった。鮨屋でも同じように熱燗を頼んでいたのだろうか。皆目記憶がない。鰤も食べたいが、まずは鮪あたりから頼んでみようかしらなどと、わたしもわたしのペースで注文を始めた。  しずかに、やがて、わたしはゆっくりと鮨を八貫ほどを平らげた。鮨はどれも脂が乗って当然のように旨かった。結局、鰤は頼まず仕舞いだった。なんとなく、祖父の記憶も、隣にいた見知らぬお方の決断も、どちらもとても特別なような気がして、それらを穢してしまいたくないという気がしたのだ。 あとでわかったのだが、この鮨屋は間もなく近所のビルに移転するらしい。ということを知ったのも別に大将から聞いたわけではなく、便所のトビラにそのような貼り紙がしてあったからである。ものごとは突然、最初から定められているかのようにして終わるものだ。終わってしまうということは、それ以上も以下もない。ただ、そこで終わりなのである。  また新しい場所でこの鮨屋はその命を始めるわけであるが、それはもう謂ってしまえば別の命でしかない。店に独り残されたわたしは、間も無く拍動を止めようとしているこの鮨屋のわずかな命の欠片を少しでも持ち帰ろうと、熱燗片手に長い時間を過ごした。  しかし、その日は、わたしの後に誰もこの鮨屋を訪れることがなかった。

水が足りない epi.04

すみた たかひろ

水が足りない

編集・ライター 一九九一年、大阪生まれ。東京大学大学院医学部医学系研究科中退。ファッション業界紙「WWDジャパン」でのウェブメディア運営・編集を経て、フリーランスに。現在はメディアでの執筆、複数企業のオウンドメディア運営などに関わるほか、HOTEL SHE,などを手掛けるホテルベンチャーL&Gにて企画・戦略全般を担当

※物語のつづきは、十二月中旬以降、文庫本にてお愉しみいただけます。「GROWND -nihonbashi-」のオープン後に、1階のホットサンド専門店「mm ミリ」店内にて展示(予定)、また、クラウドファンディングのリターンとしてお届けいたします。

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