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たぶん、私たちの変身は絶対なんです  イトウハルヒ

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epi.07

たぶん、私たちの変身は絶対なんです イトウハルヒ

 私と一つ上のお姉ちゃんは、よく似ていた。ぱっつんの前髪が醸し出す不届きな雰囲気も、好きな食べ物、好きなアイドル、好きな映画、ぜんぶ一緒だった。スーパーマリオの最初のジャンプに失敗して死ぬところも一緒だ。  お正月、母方の実家に帰省する度に「あんたたちはこんな小さい時から一緒に泣いて一緒に笑うのよ」とおばあちゃんが語り出し、炬燵の上のみかんをむきながら、はいはい、と相槌を打つのが恒例だった。  それぞれの部屋にはそれぞれの(といってもほとんど共有していたのだが)好きなもので埋め尽くされ、さながら小学生のしっちゃかめっちゃかなお道具箱のような有様だった。好きな漫画は一巻ずつ交互に買って揃え、CDは有線イヤホンで一緒に聞いて、夜中の深夜ラジオで笑い合った。お姉ちゃんが好きなものを私は好きだったし、私が好きなものをお姉ちゃんは好きだった。ボブの髪型と引き笑いのせいでクラスメイトから「野口さん」と野次られても、まったく気にならないのはお姉ちゃんがいるからだ。私が卒業論文に追われて、お姉ちゃんが会社の研修で呪文のようなカタカナ言葉を話すようになっても、その関係はあまり変わることがなかった。  お姉ちゃんといる時間が、私は好きだった。  二週間前、お姉ちゃんが突然ショートした。その日は、夕方から雨が降り出し、それまで残暑が厳しかった天候は一転して肌寒くなった。  お姉ちゃんから残業で遅くなるとの連絡が入って、私と母さんと父さんは空腹に耐えきれずに先にご飯を食べた。今日はチキンカツ。こんなに手間がかかる料理を作ってくれるということは、母さんの機嫌がそこそこ良い証拠だ。ご飯とカツを交互に口の中に入れて味と感触を味わう。  美味しさでほおが自然と緩んだそのとき、ばん! と玄関のドアが開いた。何事と、振り向くとテレビから出てきたての貞子のような得体の知れない女がいた。よく見ると、それはお姉ちゃんで、もごもごと言葉にならない声を発して、リビングの入り口にぼうっとただずんでいた。  お父さんの喉がゴロゴロとなって、お母さんのお箸から付け合わせのキャベツが落ちた。 「……私、ミニマリストになる」  そう言うと、お姉ちゃんは自分の部屋に駆け込んで、出てこなくなった。  その夜から、お姉ちゃんは、部屋のあらゆるものを捨て始めた。嵐のような断捨離の間中、お姉ちゃんの部屋からは戸棚をひっくり返す音やビニール袋のガシャガシャいう音が家中に響いた。  古本屋でかき集めたアイドルの雑誌、少女漫画、原宿で一緒に買ったブロマイド…。様子を見にきた私に見向きもせずに、お姉ちゃんは部屋のものを白い袋に詰めていく。掃除機のように吸い込まれていく雑貨のほとんどが私にも思い出のあるもので、それらがゴミ袋に溜まっていくのは、私の胸を苦しくさせた。  次の日、目覚めると、家の中は何事もなかったかのように静まり返っていた。私は、そろそろと忍び足で隣の部屋にむかい、おそるおそる、静かになったお姉ちゃんの部屋を覗いた。窓から朝日が差し込んで、ゴミ袋のビニールに反射してキラキラと光っていた。きれいだ。その中に、一際大きなゴミ袋がある、と思った。  目を疑った。自分の喉が、ぐう、と鳴ったのがわかった。  お姉ちゃんがパンパンに膨らんでいた。  もともと華奢だったお腹は風船のように前にせりだし、今にもはちきれそうになっていた。ゴミ袋に囲まれたがらんどうの部屋で、お姉ちゃんはパンパンのお腹を抱えて座っていた。 「お姉ちゃん」  私は、恐る恐る声をかけた。  お姉ちゃんは何も言わなかった。その代わり、お姉ちゃんは大きな目で私のことをぐるっとみて、呟いた。ひどく寂しそうな顔だった。けれども、その声は小さ過ぎて私には聞き取ることができなかった。  その日からお姉ちゃんは普通の生活に戻っていった。普通にご飯も食べるし、普通に会社もいく。父さんも母さんもパンパンなお姉ちゃんに驚いたけれど、部屋から出てきてくれた喜びの方が大きかったようで、お姉ちゃんに言われるまま様子を見ることにした。でも、お姉ちゃんと二人で過ごす夜はぱたりとなくなった。 「…今日一緒にご飯食べに行かない?」  お姉ちゃんの大きな体にも見慣れてきたある日の朝、お姉ちゃんからの誘いがあった。 「え、行く!」  私は即座に返した。待ち合わせは午後五時。日本橋の駅から十分ほど歩いたところのホットサンド屋さん。あの断捨離の日以来、お姉ちゃんは以前よりもさっぱりしたように見えた。  日本橋にはあまり縁がなかった。待ち合わせ時間のすこし前に駅に着いて、グーグルマップを頼りに入り組んだダンジョンのような地下鉄の駅から目的地への最寄りの出口を探す。地上に出ると、高いビルの隙間からパッと見えた夕方の空にほっと安心する。息を吸う。冬の冷たい空気とともに奥ゆかしさと新しさの混じった匂いがする。駅から待ち合わせのホットサンド屋までの道を散策しながら歩く。建物から重厚感が漂いつつも、ガラス張りの商業施設やアンテナショップが立ち並び、異質なものたちが噛み合って独特の雰囲気を作り出す。案外楽しい街だと思った。 「お待たせ」  ホットサンド屋の前でスマホに目をやりながら立っていると、聞き覚えのある声がした。振り向くと、大きな体を抱えて汗だくになったお姉ちゃんがいた。 「お疲れ様」 「ここね、ちょっと前はお寿司屋さんだったんだよ。それが、最近新しいお店になったんだって」 「へえ」  寿司ネタを入れるカウンターにホットサンドの具を並べたその店は閉日の夕方にもかかわらず、大学生や子供連れの家族が並んでそれなりに繁盛していた。私が思っていた日本橋とは違う新しく親しみやすい匂いがした。  ホットサンドを買って、向かいの広場でベンチに腰掛ける。三人がけのベンチは私たち二人だけぎゅうぎゅうになった。ホットサンドを頬張る。夕方のひんやりした空気に、温かいホットサンドが美味しい。 「ねえ」  お姉ちゃんが私に話しかけた。 「何」 「…私、家を出ようと思う」 「…え?」 「一人暮らしするの。ここら辺だと会社からも近くて、家賃の補助も出るし」 「なんでよ、別にうちからだってそこまで遠くないでしょ」 「…もう一人でも大丈夫かな、って」 「え」 「ありがとね」  お姉ちゃんは、そういってちょっと笑った。私が反論しようとしたその瞬間、お姉ちゃんの身体が光りはじめた。光はパンパンのお腹から上に上がり、ついにこみ上げてくるように口から溢れ出した。光は止めようにも止められない勢いで、お姉ちゃんの体から四方八方に飛び出し、ビームのように眩く一気に放出された。夕暮れの空に一瞬だけ昼間のような閃光が走った。 「…お姉ちゃん」    光を全て吐き出し切ったお姉ちゃんはこれまでの体に戻っていた。私とよく似た華奢な体。私とよく似た骨張った顔。私とよく似た真っ直ぐに切り揃った前髪。 「お姉ちゃん!」  私はもう一度お姉ちゃんを呼んだ。ざわつく周りの目も、話しかけてくる人も救急車を呼ぶ声も全てが邪魔だった。私は、小さくなったお姉ちゃんの体を揺する。いつも映画のいい場面でうとうとし始める彼女を起こすみたいに。お姉ちゃんは、ん、と情けない声を出してぼんやりと目を開けた。    私とよく似ていたお姉ちゃん。ずっと一緒にいるお姉ちゃん。でも、なんだか胸騒ぎがする。  ベンチを囲むようにできた人だかりの中で、起き上がったお姉ちゃんはやけにスッキリした顔をしていた。ベンチから立ち上がり晴れやかな表情で大きく伸びをする。そして、私に手を差し出した。 「…マコ、今日は帰ろうか」  私は観念して、静かにお姉ちゃんの手を取った。ひどく寂しくなった。

たぶん、私たちの変身は絶対なんです epi.07

イトウハルヒ

たぶん、私たちの変身は絶対なんです

一月一一日生。栃木県出身。映画『永遠が通り過ぎてゆく』(二〇一九)、劇団ノーミーツ『むこうのくに』(二〇二〇)などに出演。イメージ広告、MV、CMなどで活動する傍ら、エッセイの連載をもつなど、コラムニストとしても活動している。TBSラジオが好き。

※物語のつづきは、十二月中旬以降、文庫本にてお愉しみいただけます。「GROWND -nihonbashi-」のオープン後に、1階のホットサンド専門店「mm ミリ」店内にて展示(予定)、また、クラウドファンディングのリターンとしてお届けいたします。

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